~あいにいく~第8回【 1 / 3 】

東京都 芸人 寒空はだか【1】

    東京都 芸人
    寒空はだか【1】




 何らかの季節がやってくると、ポストに舞い込むはがきがある。

 宛名は手書き。懐かしの「プリントゴッコ」。つまり、1枚1枚、お手製なのであろうダイレクトメール。時事ネタだったりそうでなかったりする挿絵と、それにちなんだりちなんでなかったりする土地で押された消印、そして独特の字体ににんまりしながら、いつもアパートの階段を昇るのだ。

 寒空はだか。その人と知り合ったのはもう20年近く前だ。彼はすでに芸人さんだったけれど、私はライターではなかったし、何度かライブを観に行っているのに、ちゃんと話をしたことがなかった。
 20年かけて、ようやくその勇気が出たのである。

 会いたいな、とは思っていたのだ。だってはだかさんのステージを観るたび、お腹よじれてはじけるほど笑わされてきたから。けど、つながり方がわからなかった。連絡先を知らないし、そもそも「はだかさん」と「メアド」ってものがどうも脳内で像を結ばない。だけどさすがに2015年である。マーティとドクがデロリアンに乗ってやって来た年である。人づてに彼のメアドを入手、おそるおそるメールを送ると、やがて返事が来て、「浅草東洋館」なる寄席の出番後に落ち合うことになった。

 常夏の浅草である。そして駅からわりと歩く。場内満員。すみませんすみませんと人前を横切り、最後列に座席を確保。ちょっとひと呼吸。……ん。何だろう。何かが違う気がする。あ!
 ここ、「浅草演芸ホール」だ!

 噂には聞いていたのだ。隣接しているあまり、間違える客が少なくないのだと。またしてもすみませんすみませんと人前を横切り、ロビーに出ると私の表情を見ただけでお兄さんは事態を察して、東洋館へのエレベーターへ案内してくれる。汗だくになって場内へ入ると、なんというかその……広いというか涼しいというかあの……つまり、がらがらなんである。前方数列を埋める観客、総勢20名弱。どんだけ贅沢空間なんだ。鞄を置く。座る。一気に緊張がほどける。

 いろんな芸人さんが出てくる。落語だったりジャグリングだったりする。古き良き時代へ連れていかれたり、大小の何かが飛んだり回ったりする。口を開けて観ているうちに、その人はついに登場した。

 出てくる時点ですでに笑顔である。まっしぐらに突進するようにして、彼はマイクの前に立つ。何も持っていない。でも彼が言うところの「真空ギター」が、よい子の目には見えることになっている。のん気なことをひとつふたつ言い、笑いが起きる。観客が彼に心を開いたことがわかると、あの歌が、始まるのだ——。

 出番の後に落ち合って、「珈琲 天国」という行きつけの喫茶店に陣を敷く。何も強いない、何も拒まない、居心地のいい店だ。見ると、さっき舞台で見た顔がひとり、またひとりとやってくる。そうか、ここはそういう場所か。芸人さんたちが伸びやかに、羽根を休める場所。

「そう、このお店はいろんな芸人さんに愛されて、浅草の名店と言われている店なんですよ。みんな他に行き場がないのか!……って俺に言われたくないか(笑)」

 ものすごく暑い日だった。「夏はほんっとダメなんですよー」って言っておきながら、はだかさんはホットコーヒーを頼む。私はアイスコーヒー。美味しい。ぐいぐい飲んでしまう。お元気でしたか、と尋ねてみる。はだかさんの日々は、どんなふうですか。

「そうですねえ。普段は映画を観てますね。昭和30年代の、古い日本映画。月3〜40本は観るかなあ。どれだけ暇なんだって話だけど(笑)。全然人と話をしない日もありますよ。でも、それで困ることは特にないな。映画観て、こうしてお茶を飲んで、お店の人とかと話をして帰る。それで、こと足りてますね」

 そうですか。私は最近、料理番組を観るのが好きです。自分の人生と関わりがないから。何ができていくのかが前もってわかるし、どきどきそわそわしないから。

「なるほどねー。一話完結だしね。どんでん返しがないもんね。『カレーだと思ってたのに酢豚ですかっ!』『さあ、この続きはまた次回!』って、ないもんなあー』

 のん気に言いながら、何かメモっている。そして決してこちらには見せないように閉じて、胸ポケットへイン。

「くだらないことって、のべつ思いつくんですけど、あとで二度と思い出せないので(笑)。100個くだらないことがあると、97は芽すら出ないんですけど、2つ3つは何らかの芽を出すんですよ」

 じゃあ、新ネタっていうのはどういうふうに思いつくんですか? と尋ねると、「どういうふうに……」の時点で即答が食い込んできた。

「できません(笑)! 脳みそというものはどんどん劣化していきますからね。そもそも、ものをまとめるという作業があまり得意ではないんですよ。片付けものが苦手なタイプなので。結局、オチをつけずに、ごにょごにょごにょって物事が終わるっていうことがよくありますから」

 じゃあ、あの曲は? と尋ねずにはいられない。『東京タワーの歌』。たわー、たわー。東京タワーにのぼったわー。メッセージ性なんて1ミリもない、なのに一度聞いたら耳から離れない、寒空はだかの真髄が詰まった1曲だ。さあみんなYouTubeで検索。

「あれは20年前に偶然できたんですけど。うちでぼーっとしてたらあのフレーズが降ってきて、30秒でできた曲なんですよ。そこに、あとで京都だの横浜だの、日本中のいろんなタワーを加えていったんです。その歌が20年間、特に世に出るわけでもなく、それでも連綿と私を支えてくれてるというのはすごいことです。細く長くね」

 そう、CDも出てはいるけれど、華々しい大ヒットを飾ったわけではない。けれどあれを聞くと、誰もが、寒空はだかを好きになる。

「そこで普通は『新作を作るぞ!』って奮起するんでしょうけどね。まったくそういう、“頑張らなきゃいけないところ”に自分を置くということを、せずに来たので(笑)。それでいいのかどうかってことで言うと、たぶん、よくないんですよね。少なくとも普通の人よりは、ストレスのない人生を暮らしているけど——いやもちろん、日々ストレスは感じていますよ。言うほど、飄々と暮らしてるわけではないんですけど」

 このあたりから、私は彼の「揺れ」を目の当たりにすることになる。このレポート全体を貫くことになるであろう揺れを。

「この業界って『この人はどうやって生きてるんだろう?』って思うような人が多いでしょう。それは、人間関係で食ってるんですよ。僕の場合はまず、まったくツテのないところから仕事は来ないです。世間的に名前が知れてるわけでもないし、事務所に所属してるわけでもない。『ここは、はだかちゃんにいてほしいね!』って思っていただけるような場所に、身を置いていたいという思いもあってね。もちろん、新しい出会いを求めることも大事なことだと思うけど、基本的には向上心がないんですよ(笑)。あったら大変だと思う。あるから、辛いんだもんね」

 そういうもんですかねえ。

「だからね、僕は、物事にあんまり期待しないようにしてますよ。良くも悪くも。だって、『頑張ってるのに報われない!』てのは辛いじゃないですか。でもね、『頑張ってないからしょうがないな!』って思うと、心持ちが変わってくる。……うん、そうそう、いいこと言ってるぞ、『頑張ってないから報われない』んですよ。これはもう、しょうがないよね!……ってダメだなー、それ! そんな逃げ腰人生ないよね! 自分でびっくりした。言っておきますけどね、みんながこんなふうじゃダメですよ。そんなんじゃ世の中立ち行かない。こういう時に頑張ってくれる人たちのおかげで、僕らは生きてると言っていい!」

 何かを思いつく、言う、自分でツッコミを入れる。舞台の上でも下でも、その連鎖の中で、この人は生きてきたのだ。

Ai-ni-iku